日付:2010/01/09
社長挨拶
タイトル:花まつ物語 ┃ 花が教えてくれたこと
夫が週末に花を買って買えらなかれば、夫婦喧嘩がおこる。
花の先進国・オランダではそんな冗談が交わされるほど日常の中に花が浸透しています。日本はどうでしょうか?一世帯あたり花の消費量は、年間一万二千二百円。月に千円程度でしかありません。
その内訳も、お墓参りをはじめ冠婚葬祭での利用がほとんどです。花の値段がオランダの4倍もし、買う場所も限られている日本では無理もないことだと思います。

 そこに花が一輪あるだけで、周りの雰囲気が明るくなり、楽しい会話が始まります。この素晴らしい花をもっと身近なものにし、人の生活に潤いをもたらしていきたい。富山県でフラワービジネスを営む私にはそんな思いがあります。

 私の実家は、青果の仲卸業と共に花の卸も営んでいました。子供の頃から家の仕事を手伝い、母に連れられて花の市場に繰り返し足を運んだことが、今の仕事の原点といえます。
高校卒業後、私は大阪で同じく青果の小売業を営む叔父のもとで修行を積ませていただきました。青果の商売が年々難しくなっていくなかで、隣にあったお花屋さんに何となく将来性を感じられたことも、花の商売に興味をもつ一端となりました。

 修業を始めて四年経った頃、富山に新しくショッピングセンターがオープンすることになりました。
しになかに出店を予定しておいたお花屋さんが、事情があって出店を辞退されたという話を聞き、私はとるものもとりあえず故郷に戻りました。そのお花屋さんの代わりに、花の商売をしたいと考えたのです。
平成三年暮れのことでした。与えられた売場は、間口二メートルほどの小さなスペースでした。スーパーとの契約では、委託された商品を、ただそこに置いておくだけでよかったのですが、私にとってそこが唯一の商売の舞台であり、なんとか自分自身の給料くらいは稼ぎたいという思いがありました。

そこで私は、青果の対面販売を生かして、お客様に積極的に声を掛けるようにしました。「いらっしゃい。今日はチューリップが安いですよ」「バラとかすみ草のセットがお買得ですよ」すると、それまで素通りしていたお客様が、うれしそうな顔をして集まってくるようになりました。また茎の短い花は市場で安値で取引されている事を知り、大量に仕入れて低価格で提供したところ、さらに気軽にお求めいただけるようになりました。売上は順調に伸び、おかげ様で現在では富山県下に五十店舗擁するまでになりました。

 しかし、それまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。中でも忘れることのできない貴重な思い出があります。商売を始めて三年目のことでした。創業時にスカウトし、頼みにしていた社員やパートの人たちが、次々と会社を去っていったのです。
わけを聞いてみたところ、私が彼らに対して「誰のおかげで仕事ができると思っているんだ」といったというのです。ショックでした。私は一言もそのような言葉を口にした覚えがなかったからです。
しかし、冷静に自分を振返ってみると、何となく思い当たるふしもありました。そのころは、店舗が増えていくのに思うように社員が集まらず、一人で沢山の仕事を抱えて、朝から晩まで息せき切って働いていました。精神的にも余裕がなくなり、私はいつしか、社員を商売道具のようにしか見られなくなっていたのです。
たとえ辞めた社員が言うような台詞を口にしていなかったとしても、言葉の節々や態度に、そのような気持ちが表れ、皆の心を害していたのかもしれないです。

 そんな心の荒みを気付かせてくれたのが花でした。ある日、仕事を終えて帰宅してみると、玄関や食卓にさりげなく飾ってある花が目にとまりました。店で余った花を妻が持ち帰って飾ってくれていたのです。花は仕事で嫌というほど見ていましたが、そのときの私の目には違うもののように映りました。心のゆとり、やすらぎ、潤いなど、人間が忘れてはならない大切なことを語りかけてくれるような気がして、ハッとしたのです。

 その頃私はいつも目をギラつかせ、花を見れば「あれは原価がいくらで手に入る」「これならきっと売れる」といったことばかり考えていました。荒んだ私の心は、花の本来の美しさや、初めて花を売ったときのお客様の笑顔を忘れてしまっていたのです。これでは社員を失ってもしかたありません。
私はもう一度原点に返り、何のために花を売っているのか考えました。頭に浮かぶのは、沢山の家庭で花が飾られ、その周りで家族が楽しく食事をしたり、語り合ったりする風景でした。花を買っていただくことで、お客様の心にやすらぎと豊かさを提供したい。それが私の願いだと気付いたのです。

 不思議なことに、私がそのことを自覚し、会社の理念として、掲げるようになってから、苦労していた人集めがスムーズにいくようになりました。私の理念に共鳴し、いい人がどんどん来てくれるようになったのです。
そのときから私は、彼らを社員ではなく、アソシエイト(=仲間)と呼ぶことにしました。同じ価値観を共有して共に歩んでいきたい。その思いを表現したいと考えたのです。

 私は今後、地元富山県を日本一花を買いやすい県にしたいと考えています。より多くの人に花と親しんでいただき、幸せな生活を送っていただきたい。それが私の心からの願いなのです。

松村 吉彰