日付:2011/01/01
社長挨拶
タイトル:花まつ物語2 ┃ (1)生い立ち
松村吉章は昭和四十四年の一月一日元旦に父、松村正夫、母、きみ子の五人兄弟の次男坊として生まれた。実家は明治7年創業の商家として、高岡地方卸市場の青果物の中卸業とともに生花の卸業も営んでいた。子どもの頃から家を手伝い、母に連れられて花の市場に繰り返し足を運んだことが、いまの仕事の原点といえる。
吉章は小さい時から元旦生まれのため、めでたいやつだと言われてきた。母のきみ子は、小さな時から元旦に男の子を産むというのが夢で、その夢が叶い、めでたい日に生まれたのが吉章である。
母は商売を営みながら、大きな愛情とともに、大変期待して吉章を育ててくれた。吉章自身も、小さなときから運がいい、ツイている、ラッキーであることを意識し、自覚をし、そんな自分の生まれつきのツキをとても気に入っていって育った。

吉章が小学校三年生の時、先生から名の由来を聞いてくるという宿題をだされた。その宿題のために吉章は自分の名の由来を知ることとなる。吉章という名前の由来だが吉は、歴史上の人物、豊臣秀吉の一字を取り名付けられている。豊臣秀吉の生まれは正月元旦とされ、それにちなんで幼少の名が日吉丸とついたとされている。吉章はその一字を取り、天下人日本一という縁起をかついで、吉とつけられた。章は日章旗の章。日の丸を意味する。日の丸をかつぐ日本一、日本国という国家観をもつ子に育ってもらいたいという期待から命名されたのが吉章という名だ。名の由来や志の高さに責任の重さと使命感を意識始めたのはこの頃だった。

中学校、高校時代、吉章はクラスの委員長を務め、部活動でもテニス部のキャプテンとして活躍した。吉章の通っていた高校は、テニスにおいては県下の強豪校であり、吉章は二年連続で県チャンピオンになりインターハイへの出場を果たしている。

吉章が少年時代に培った、一つのことにかける情熱、達成感、仲間と味わった練習の厳しさや勝利の喜びの感激の涙、敗北の悔しさ、仲間とのチームワーク、使命感と責任感を果たすリーダーシップといった純粋な経験値が、今の経営感覚のベースとなっている。