日付:2011/01/03
社長挨拶
タイトル:花まつ物語2 ┃ (3)かけがえのない絆
母きみ子は、父と高校を卒業するなりすぐに結婚し、なんとか看板だけ残った家業を引き継ぎ商売をつないだ。きみ子はとても正直な商売をした。
原価の高い商品を安く売ってあげるとお客さまは喜ぶ、そしたらお客さまのお店もお店のものを買ってくれる人が増え喜ぶ、そしてまた買いにきてくれる。仕入れて頂いた花が全部売れ、また戻ってきてくださるようにと帰り行くお客さまの後姿が見えなくなるまで手を合わせて祈った。


商いを正直に続けたきみ子の花部門の卸は薄利であったが、次第に繁盛をし、家計を支えた。五人兄弟祖父母九人の大家族の家計には充分ではなかったが、愛情にあふれる絆、結束力の強い家族であった。5人兄弟もみんな好んで家族を手伝った。こんなありがたいことはなかった。この三方良しという考え方が大切である。


きみ子も叔父も、お嬢さま、おぼっちゃまとして生まれ育ち何不自由のない幼少期を過ごしたが、多感な思春期のころお家存続の危機に貧し貴重な経験をした。
吉章はその経験を自分は経験していないが、涙ながらに話すきみ子の姿を見て、大きくなったら必ず母を盛り立て商売を繁盛させるという気持ち、それから絶対に商売をつぶさないように商家としての歴史を引き継いで行きたいという思いが込み上げてきた。5人兄弟全員が今でも同じ価値観を持っている。


吉章と、弟の光祥とのこんなエピソードがある。吉章が3歳になりたての頃、朝、仕入れに来ていた八百屋さんのトラックの下に吉章はもぐりこみ、ひかれてしまったのだ。きみ子が、吉章たちを幼稚園に出すために支度をしていた束の間の出来事である。吉章は3日間、意識不明、脳波ゼロ、お医者様にも見離される重体がつづいた。きみ子は三日三晩付き添い、祈った。
般若心経を唱え、神仏に祈った。お医者様のアドバイスは少しでも水分でも受け付けてくれれば・・・と。水やお茶はもとより、果汁やヤクルトなど試すが受け付けない・・・きみ子は、ふとある行動に本能的に動いた。1歳半年下の光祥の為の母乳であった。吉章も本能的に反応し、母乳を口にしてから、少しずつ意識が戻り、血色が戻り、脳波が戻ったのである。

主治医の脳外科の先生は
「仏様が手を当ててくださったとはこのことだ。医学的には脳死状態にあり、もし生存できてもハンディキャップが残るであろう。」

ときみ子に告げられていたのは事実である。もし弟の光祥が生まれてなければ、吉章の命はなかっただろう。
奇跡的に助かり、九死に一生を得たのである。吉章の死生観は命を授けて下さった、この世にまだ生きることを許されている、求めてくださるんだという感謝の心である。助けていただいた命を人のために役立つ人生でいたい、多くの人の幸せにしたいと考えるようになったのである。
弟、光祥との絆は深く固く信頼関係は強固である