日付:2011/01/07
社長挨拶
タイトル:花まつ物語2 ┃ (7)花生活創造企業へ
ワラをもつかむ思いでいた。業界内では当時注目を浴びているお店、会社は片っ端から見て回り、かならず社長に成功のポイントを聞いてまわった。北陸一の花屋の松本さんに指導を仰いだ。
創業期の原動力となった。日本一の花屋さんの河合社長には、しつこいので居留守を使われあってくれない場面もあったが、どうしても話を聞きたかったので終電が終わっても会社の前でまち続け、持ち前の粘り強さで、話を聞くことができた。

やはり繁盛店には秘訣と哲学があった。良いところを見習い運営に役立てた。国内を一巡して世界一はどこか気になった。1-800フラワーが世界一であることを知り、持ち前の好奇心から、、出かけることにした。本社はニューヨーク、花屋らしからぬ本社ビルには、コールセンターがあり、テレマーケティング技術とインターネットを融合した新しいビジネスモデルで成功をおさめていた。
世界一の花会社もマーケティング技術はもちろんのこと社員をアソシエイト(パートナーシップを持ち合う仲間)と呼ぶ社員満足度が高い会社であった。

ビジョン、ミッションが明確な会社であった。ジム・マッキャンはデルコンピューターの社外取り締まるも務めるなど、活躍していた。帰りにもらった自伝の本を読み進めるうちに、理念経営を実践している会社であることがわかった。本は英文だったが素人翻訳ではあったが外語大卒のスタッフ(本江さん、上市さん)に訳してもらい読みすすめた。
後に「インターネットで花束を」というタイトルでダイヤモンド社から出版されることとなった。この本は、今も社員のバイブルとなっている。革新的マーケティング技術や、戦術、戦略論ではなく、人と人のコミュニケーション、アメリカンチックな資本主義ではなく、まさに人本主義、ハートフルなビジョンミッションマネージメントが行われていた。

花の販売手法の変化は、今後イノベーションが起こりえるので、ベンチマークし、常にベストプラクティスを求めるように情報収集に努める必要がある。フランス、パリに本社ある。
モンソウーフラワーが世界一の花の会社になろうとしている。またアクアレルが無店舗販売、インターネットによる販売に成功し、大ブレイクしている。
世界水準を常に意識し、ローカルではあるがグローバルな変化をいち早く読み取り新しい販売モデル、業態作りが経営課題である。


その頃、先輩経営者から薦められ、勉強の場として京セラ創設者の稲盛和夫さんの主催される盛和塾に入塾した。ここが経営を勉強するにあたっての一番の勉強の場となった。そして、京セラフィロソフィーの経営十二か条を知るにあたり、事業の大義名分、理念の大切さを知り、理念経営を目指すよい転機となった。

(経営問答集参照)不思議なことに、吉章がそのことを自覚し、会社の経営理念を明文化し掲げるようになってから、困っていた人集めがスムーズにいくようになった。
吉章の考えに共鳴し、いい人がどんどん集まってくれるようになったのだった。そのときから吉章は、彼らを社員ではなくアソシエイト(仲間)と呼ぶことにした。同じ価値観を共有して共に歩んでいきたい。

その考えを表現したいと考えたのだった。花屋は労働集約の典型的な業種で長時間労働、低賃金が当たり前だった。

週一回の休みをつき6回の休みに増やすことから手始めに、順次、労働環境を整えていった。労働環境の条件の整備はもちろんだが、働くの事の意義、成長し合える場であり、仲間とともに人間的成長を実感し合えることが大切、つまり生きがいを感じることができることが何より大切だと考えるようになった。定着率は改善され、モチベーションの高いスタッフが集まるようになった。

そして、吉章は、ピータードラッガーのいう「利益は、永続の為に必要なコストである」という考え方にとても共感をし、深い考えと受け止めている。たゆまぬ成長、急ぎすぎない経営、永続こそが企業の大切なところだ。永続することにより、お客さまの役に立ち続け、社員さんの生活を守り続けるという価値観は叔父や母のエピソードから形成された価値観にもつながる。


百三十年以上の商家としての継続は誇りであり、継承していくことへの責任でもある。家系存続のためのピンチを叔父や母による兄弟愛によって乗り越えたのである。
一番辛かった時代に中学生だった叔父は、朝は新聞配達や納豆売りをして家計を支え、夜は少し前まで家宝が蓄えられていた今は空っぽの蔵に、みかん箱をひっくり返した机で勉強に励んだのである。必ずお家の復興を誓って。叔父は学年でも、五本の指に入る優等生であった。しかし、進学はせずに京都へ丁稚奉公にでたのであった。


叔父が姉の息子である吉章に商売の原点基礎を仕込んでくれたのは、自分が直系の長男であったが跡取が出来なかった無念さを甥っ子に託した熱い気持ちであった。このことを受け止めながら商売を発展させることが叔父に対してのご恩返しと考えている。
振り返ってみると実力以上にお給料をくださった。戴いた一千万円はまだ手をつけずにそのまま大切においてある。利益のある中から次のことをせよ。手持ちの資金の中から次のことを考えよ。
銀行借り手をしない。人様のハンコをおさない。などは百三十年有余に渡って継続している商家としての家訓である。

よって、吉章の経営感覚は今でいうキャッシュフロー経営であり、無借金経営である。テクニックとしてのローコストオペレーションではなく始末と勤勉という名の経営哲学を今も守っている。